Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “東風が向かうは 西の彼方”
 


時折 思いがけないほどの寒の戻りがまだまだあるが、
それでも一頃に比すれば ずんと暖かな陽が長く射すようになり。
広間を縁取る板の間の濡れ縁にいると、
じんわり暖かくなってのこと、
いつの間にやら居眠りへと誘われるほど。
春も深まりつつあるなぁという趣きなのへ、
ほこほこと嬉しそうなお顔になった瀬那くんが、

 「猫の声も随分と静まりましたね。」

そんなお言いようをついつい口にしたところが、

 「何を言うか、本来はこれからが本番のはず。」

ここ最近の甘い声は、あくまでも
節分の時期に、あまりに寒うて大人しゅうしていた分だぞ、と。
大人ぶってだろ、時候の話を振って来た書生くんのお言いようへ、
まだまだ脇が甘いと、
それこそ大人げないダメ出しをするお師匠様だったりし。

 “…ホント、大人げねぇよな。”

まま、嫌われるとか憎まれるなんてのを二の次にしてでも、
叱ったり揚げ足取ったりして鍛えてやんのが、
師匠のお役目なのかもしれないが、と。
ふにゅいと しょげてしまったセナくんを斜(ハス)に眺めつつ、
こちらさんもまた、
濡れ縁の一角で陽向ぼっこしていた黒の侍従様が、
その胸中にてぽつりとこぼす。
まだ幼い弟子をやり込め、
ふふんと意地悪そうに微笑っておいでの、
金髪痩躯の術師の青年だが。
あれで、身内を大事にすることにかけては、
下手をすりゃ、そんじょそこいらの慈母にも負けぬほど、
全力全霊であたる彼だと知っている。
今だって、

 「  、お。」

何かに気づいたような声を出し、
すっきりした横顔を見せて、その視線を庭先の方へと向ける蛭魔であり。
え?と、顔を上げたセナが、
そうまで判りやすい彼の視線を点々々…と追ったれば。

 「あvv」

このお屋敷の荒れ放題のお庭をお気に入りらしき、
白地に黒ぶちの馴染みの猫さんの姿が見えて。
しかもしかも、

 「……………え?」

同じような模様の、だが少しほど小ぶりな猫たちが、
3匹ほどぞろぞろと、一緒に姿を見せたのには、
セナくん、大きく目を見張る。

 「あ、子供が生まれたんだ。」
 「みてぇだな。」

秋の仔ですよね、でもまだあんなに小さいんだなぁ、と。
親との見分けがつく幼い仔らの愛らしさへだろう、
わあvvと嬉しそうに微笑っており。
なにも蛭魔が呼び招いた訳じゃあなかろうが、
すぐにも見つけられるよう、注意を促してやっていた辺り。
いやさ、もしかして揚げ足取った時点で気づいてて、
今なら凹ませてしまっても持ち直せる材料有りと、
そんな点を織り込んだ上で、辛辣な口を利いたのかも知れずで。

 “鬼っ子も随分と丸くなったもんだよな。”

京の都を騒がせていた邪妖の総帥へ、
互いの利益を生かさねぇかと、堂々と取り引きして来たような。
ただただ利己的で狡猾な奴だと思われがちだが、
その実、懐ろに入れた者へは とことん目をかけてやる男でもあって。
だからだろう、
今帝も東宮も、神祗官様やそのご子息も、
勿論のこと、この館にいる面々も。
彼を憎からず思ってのこと、
どんな悪たれぶりを示しても、
そんなものには誤魔化されることなくの、
揺らぐことなく信頼している人たちばかり。
ついさっき ちょこっと拗ねていたセナくんとて、
和んだ視線を仔猫と師匠とへ交互に振り向けて見せるご機嫌ぶりが、
あっさり復活しておいでだし。

 「ふにぃ〜〜?」

広間の一角、
陽だまりの中でうとうとしていた仔ギツネ坊やが、
お喋りの声で起きてしまったか、
ハタハタと愛らしい足音ともに話の輪へと加わると。
これ何ぁにと くう坊が指さす草紙を、
見やすく広げて差し上げる優しさよ。

 「…と。お師匠様、これは何の絵図ですか?」

今朝方 譲っていただいたばかりの絵草紙は、
唐渡りの珍しいもので。
難しい漢字ばかりの説明は、なかなか読み起こせないまま、
まずは挿絵をと幼い二人で眺めていたのだが。
そんな中に、少年には覚えのない図が載っていたらしい。
どらと首を伸ばして覗き込んだ蛭魔だったが、
ほんの一瞥で正体も知れて、

 「それはお前“世界図”だ。」
 「世界図?」

互いに短いやり取りだったが、

 「世界って…。
  ボクが知ってる“図”は、
  海に浮かんだ亀の甲羅と、
  空には太陽と月の軌道が書いてある“絵”でしたけど。」

 「そりゃお前、仏教か何かにおける“世界観”の図で…。」

結構な反射で言い返しかけた蛭魔が、だが、

 「…どこで見たんだ? そんな高等なの。」
 「えっとー。確か、陸ンところだったと思います。」

こちらの術師の上司にあたる、
神祗官様のご実家、武者小路家にて、
やはり修行中だという少年のことであり。
そっか、それじゃあ まま仕方がねぇなと、
こんな少年の身で、
大陸から渡ったばかりも同然という代物を
どうして知っていたのかへ、
一応は確認をとっての納得に至ったらしい蛭魔が、

 「神や仏の世界の相関図、
  つまりは概念の図じゃなくて。
  こっちは本物の“世界”の地図なんだよ。」

確かに、国領の配置図のような
“地図”であるらしいとはセナにも判ったものの、

 「世界の、地図?」

世界って、あのあの、もしかして。

 「日之本だけじゃなく、新羅や唐とか吐蕃とか。」
 「ああ、林邑や天竺も載ってるぜ。」

突厥や西域も込みでな、と。
外国の地名を挙げつつ くくくと笑った蛭魔には、
さして目新しいそれではなかったらしいが、

 「よしか、俺らが住まう“日之本”は、
  端っこに描いてある この島だ。」
 「え〜っ、こんな小さな島がですか?」

  気のせいじゃなければ、形も違うような…。
  おお、よく覚えていたなと、お褒めの一言が出でてから、

 「描いたのが大陸の人間だからな。
  日之本なんてのは、
  琵琶湖に浮かぶ竹生島くらいにしか思えんのだろうさ。」

よ、よろしかったら各自で地図を参照して下さい。(こらこら)
広い広い世界ん中では、
せいぜいそんなくらいの存在なんだと言ってやり、

 「だってことを知っちまうとな、
  こんなちっぽけな国だってのに、
  そこの権門だの家柄だの、
  取るに足らぬことを笠に着て踏ん反り返ってる連中が、
  馬鹿じゃねぇかって思えもするだろ?」

 「えっとぉ〜〜〜。」

さすがに、それはそれだとか 何だとか、
そうそう乱暴なことは言えぬらしいセナなのへ。
今度は愛でるような笑い方をしたお師匠様、

 「ま、色んな物差しがあるんだってことさね。」
 「ははあ…。」

大人のご意見を付け足して下さったのではあるけれど。

 “色んな物差しって…。”

どういう意味かなぁ、
訊いたらそのくらいは考えなって言われそうだしなぁ、と。
却って混乱しちゃったらしい書生くんだったらしいです。
そんなセナくんのお膝では、

 「ぞーさん、きーぃんさん、こりは しゅーじゃくさんvv」

世界図とやらの四方に描かれた、
これもまた見覚えのない生き物の絵を、
小さな指で1つ1つ差しながら、
名前なのだろ、呼びかけていた くうちゃんであり。

 「……凄げぇな。
  こんなにグニグニした絵なのに、
  麒麟だの朱雀だの、見分けがつくのか、こいつ。」

 「そっちかい。」

難しい名前を知ってることじゃなく、
似ても似つかぬ絵だろうに、よく判ったなと。
描いた人を間接的に馬鹿にしているらしい、
そんな蛭魔の言こそ相変わらずで。
それへこそ苦笑が絶えなかった葉柱さんだったりした、
暖かな春の午後の一幕でございます。





   ■ おまけ ■



 「そうそう、知ってるか?
  西域の王様はな、何人妻を抱えてもいいんだと。」

 「え?」

 「まあ甲斐性があってこそではあるらしいがな。
  あと、女は必要以上に外を出歩いたり、男に姿を見せちゃあいけないんだと。」

 「それって…。」

 「ああ。日本の貴族どもと一緒だろ?」

どの国の男も金が余ると考えることは同じらしい、
王様でも貴族でも下半身はふしだらなもんだ…と、
ふんっと鼻で息つく術師殿だったりし。

 “そんな遠い国でも同じってことは……。”

大人の殿方の思考とやら、
国を選ばずの、
根本的にそうだってことなのかも知れないなぁと。
ちょいと見たくはなかった大人の世界、
お友達より一足先に、
知ってしまったらしきセナくんだったらしいです。







  〜Fine〜  11.04.12.


  *いい陽気になって参りましたね。
   朝晩が冷えることもありますが、
   桜が保つならそれも我慢かなと思う今日このごろ。
   ウチのモクレンもやっと咲き始めたはいいのですが、
   風が強いので花びらが落ちる落ちる。
   玄関先が毎日ドえらいことになっております。
(笑)

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